「バベル」試写
![]() | バベル-オリジナル・サウンドトラック サントラ (2007/04/11) ユニバーサルクラシック この商品の詳細を見る |
素晴らしい!!
こんな映画撮れない・・・
撮れるようになりたい。
この作品は4つのストーリーがシンクロして描かれる。
●モロッコを訪れたワケあり観光客(ブラピ&ケイト・ブランシェット)
●その観光客の子供と養母(ベビーシッター)
●観光客(ケイト)を過失で銃撃してしまうモロッコの現地少年とその家族
●銃撃で使用されたライフルの元持ち主である父親と聴覚障害を持つその娘(役所広司&菊池凛子)
それぞれが悩みを抱え、過ちを犯し、迷い藻掻く。
タイトルの「バベル」は、まさにそんな「藻掻く者」を象徴している。
観終わった後、改めて各ストーリーを思い起こしてみると、いかに我々のコミュニケーションが多種多様であるかを再認識させられる。
と同時に、この作品では、直接的or間接的コミュニケーション不全によるどうしようもできない状態からいかに脱出するか、について問いかけとその答えの一端を示している。
○ブラピと他の観光客との言い合い
○不意に砂漠に取り残され、国境越えの汚名を着せられた養母
○容疑者として警察から蜂の巣にされながら、自分の行為を反省するモロッコ少年
○聴覚障害のため、自分の価値を疑問視する女子高校生
印象深いシーンがとても多い本作。
特にモロッコのシーンは人と人がぶつかり合うので、いたたまれない。
応急処置のため、銃撃されたケイトを乗せた観光バスは、現地の辺鄙な村にやってくる。
物珍しそうに、あるいは不審そうに観光バスを見つめる者、中には家の戸を閉ざす者。
コミュニケーションへの反応は様々だ。
現代を象徴する観光バスが異界に踏み込むように、他国が他国へ侵入する様を彷彿とさせる。
テロリストがやってくるから先を急ぎたい他の観光客と、わけもわからず妻を銃撃されたブラピの言い合いが、コミュニケーションできるはずの言語(英語)を持っているのにも関わらず相容れない。
一方で、現地の老婆が、苦しみ藻掻いているケイトに、気付け代わりに煙草を優しく差し出す。何を喋っているのかわからないはずなのに、心は通じるのである。
例えば、諸外国の観光地で、自分もしくは他人がこのような災難に遭った場合、どういう行動をとるだろうか。
その地がもし危険地帯で、自らにも危険が及ぶことが予想される場合、どういう行動をとるだろうか。
映画を観ていていつも思うことは、感情移入もさることながら、自分をその状況に置いたとき自分を省みることができるということだ。
いわば疑似体験ができるのが映画の素晴らしいところ。
このおかげで、涙がずーっと頬を伝い続ける人生初の作品となった。
この監督はなぜこんなにも窮地を作るのがうまいのだろう。
しかも、もの悲しい音楽がやりきれなさを一層増幅させる。
「悪人ではない、ただ愚かなだけ」という養母の言葉がとても印象的。
観どころが多いだけでなく、観終わった後、様々に語り合いたくなる作品。
この映画、語り切れません。
スコセッシには悪いけど、これを超えてはないよ。
この作品がアカデミー賞作品賞に漏れたことは事件だ。
テーマを浮き彫りにする着眼点と構成
★★★★★★★★★★(10)
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